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熊本地方裁判所 昭和35年(行)7号 判決

原告 中山一男

被告 熊本県公安委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和三十五年二月二十五日附熊公指第四五三号を以てなした大型自動車第二種運転免許取消処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因として、

「原告は昭和二十八年七月二十八日大型自動車第二種運転免許(免許証番号、熊本県公安委員会第六九七九号)を受け、昭和三十四年七月六日免許証の検査を通過していたものであるが、被告は昭和三十五年二月二十五日原告に対する運転免許を取消す旨の行政処分をなし、該処分は同月二十六日原告に通告された。

右取消処分の理由とするところは、原告が昭和三十四年九月十六日午後五時頃自動車を運転し熊本市尚絅校通りを進行中、自転車に乗車し同一方向にリヤカーを索引進行中の玉城常吉に対し、過失により全治二週間の打撲傷を与えたにも拘わらず、同人に対する救護を図るために必要な措置を講じなかつた。以上は道路交通取締法(以下単に「法」と称する)第二十四条第一項に違反し同法第九条第五項に規定する運転免許取消の特別事由に該当するというものである。

しかしながら、原告は右玉城常吉を無事追越しできたと思い、自動車の速度を徐行から約二十キロに上げた瞬間、異常音を察知して直ちに停車し、窓から首を出して同人の様子をみたところ、自転車は斜めに傾きかけてはいたが、同人は、路上に横転はしておらず、原告の方に手を横に振り「いいから、いいから」と合図するように見えたので、原告としては怪我その他救護を要する事態に至らなかつたと安心し、且つ被害者としても原告を宥恕したものと考え、警察官にも事故を報告せずそのまゝ発車したものである。従つて原告は事故発生を知ると同時に被害者が救護を要する状態に至つたかどうかを、原告なりに確め、救護を要しない微細な事故と確信して被害者の救護その他の措置に出なかつたもので、被害者に全治二週間を要する程の傷害を与えていることが判明すれば当然救護その他の措置に出たものである。右のような場合自動車より下車し、被害者の傍に行き謝辞をのべると共に、被害者自身に傷の有無を確めるなど慎重な行動に出るのが妥当であろうけれども、被害者が路上に横転するなど事故が微細でないことが容易に察知できる状態にあればともかく、前記のような被害者の態度から、原告が救護その他の措置に出る必要がないと確信したとしても無理からぬところであり、原告が救護措置に出なかつたことについてかりに過失があつたとしても、その過失は重大なものではない。而して法第九条第五項、同施行令第五十九条第一項第一号によれば、法第二十四条第一項に違反した場合は免許の取消、停止又は必要処分を自由裁量により選択しうるかに見えるけれども、同施行令第五十九条第二項によれば、法第九条第五項の規定に基いて免許を取消停止又は必要な処分を行う場合における具体的基準を「連転免許等の取消、停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」(以下単に総理府令と称する)により定めており、右令によれば法第二十四条第一項に違反した場合は免許の取消又は三十日以上の停止処分になし得るのであるが、この場合においても総理府令が具体的基準を定めた立法趣旨より見るも、右条文の構成字句より見るも、被告の裁量は行政庁としての自由な判断に一切をまかせているのではなく、法の準則が存在するものである。即ち法第二十四条第一項違反の場合も一律に免許取消をするのは違法であつて、総理府令が種々の具体的基準を定めた立法目的に照し、その法的判断において免許取消に価する悪質な違反行為があつた場合のみ免許の取消をするべきである。ところで、原告が救護その他の措置に出なかつたのは先にのべた事情によるものであり、過失により法第二十四条第一項に違反した場合直ちに総理府令第四条第二号に該当するものではない。即ち同号は故意過失により法第二十四条第一項に違反した場合と規定していないから当然故意犯のみに限定すべきであり、又仮に過失による場合を含むとしても故意犯の場合と過失犯の場合を同一視すべきでなく、原告が法第二十四条第一項に違反した事情、被害者の受けた傷害の程度、その他諸般の情状を考慮するとき、被告のなした免許取消処分は過重なものであり、総理府令の定めた準則に違反した違法な処分である。ちなみに、原告の右事件に関する刑事処分は過失傷害のみが起訴され、罰金五千円の略式命令が確定しているものであり、右の事実からみても原告の行為は悪質のものでないことが明らかである。

なお原告は右処分通知をうけ昭和三十五年三月八日被告に対し異議の申立をなし、被告による救済を求めたが、被告は現在に至るまで右異議の申立について裁決しないので本訴に及んだ」

と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告の請求原因に対し、

「原告主張事実中、冒頭より、被告が原告に対し、その主張理由に基いて免許取消の処分をなした点までは認めるが、その余の事実は否認する。

被告が原告に対し本件取消処分をしたのは、原告が取消理由としてのべている事実に基いて、本件事故の態様、被害者の傷害の程度、その他諸般の事情を考慮して、法第九条、同法施行令第五十九条、総理府令第四条第二号の趣旨に基いて免許取消を相当として本件処分をなしたものであり、何ら不当な処分でなく、違法の点はない。従つて原告の請求は棄却さるべきである」

と述べた。

(証拠省略)

理由

原告が大型自動車第二種運転免許を得ていたこと並に被告が原告主張の日、その主張の事由により原告に対し同免許の取消処分をしたことは当事者間に争がない。

原告は本件取消処分の原因となつた法第二十四条、総理府令第四条第二号にいう救護措置をとらなかつた者とは、故意に救護措置をとらなかつた者を指し、過失により救護をしなかつた者は含まれないというのであるが、法が自動車運転者に救護措置を要求しているのは、自動車運転者が人命及び身体などに危険な業務にたづさわるものであるところから、運転者が事故を起した場合すみやかに発生した危険の拡大を防止する措置をとるべきであるとしているもので、かりに過失により救護をしなかつた者は含まれないとすれば、事故に気づかず走り去つた者、或は加害者の主観から救護を要しないと簡単に判断して去つた者などについて運転免許の取消はできないことになり、かゝる者は自動車運転者として要求される注意能力を著しく欠く者といわねばならず、注意能力の点からいえば事故に気づきながら逃走した者と何ら選ぶところがないに拘らずこの種社会的危険性の高度な者を無処分のまゝ放置せねばならないことになり、全く奇妙な結論といわねばならない。従つて原告の主張するように過失により法第二十四条に違反した場合は総理府令第四条第二号に当らないとする主張は採用できないものであるが、成立に争のない甲第二ないし第四号証によると、原告ののべているところは日時を追つて次第に自己に有利になつてはいるが、原告は自己の自動車に被害者の自転車或はその牽引するリヤカーが接触したことは察知しており、又一旦停車して振りかえり被害者を観察していることが認められる。そして、被害者が自転車の塔乗を続けているならともかく、事故現場で動かないのを認めながら、何もなかつたと判断すること自体首肯できず、既にこの点において救護その他の措置に出なかつたことにつき少くとも過失がなかつたとすることはできないが、更に右甲号各証にあるような被害者の「いいから、いいから」という態度であつたということも、事故をうけた被害者の態度としては首肯できないものであり、原告の弁解のための弁解として以外考えられず、右甲号各証中被害者の負傷に全く気が付かなかつたという原告の供述部分は容易に信用することができない。かえつて、成立に争のない甲第五号証によると、被害者は事故現場に転倒し、一時意識を失つたとあり、右は被害者が全身打撲により全治二週間の傷害をうけたことからも、少くとも一時は転倒したであろうことが認められ、先に認定のように、原告は事故に気付いて被害者を振りかえつているものであるから、原告は被害者の転倒現場をみていたと考えられ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。しからば、被害者の転倒したのをみながら何も傷害その他救護を要する事態は生じなかつたと判断することは考えられず、右のような被害者の態度を現認しながら救護措置に出ず走り去つたことは故意によつて法第二十四条第一項に違反したいわゆる轢き逃げと選ぶところはなく、原告の主張するように救護措置をとらなかつたことに充分の理由があつたとはとうてい考えられない。そして証人川原秀治の供述によれば、被告は本件処分をするに当つて正当な手続をふみ、又判定に当つても前記関係法令及び熊本県運転者行政処分取扱規程などの準則を守つて免許取消を相当としたことが窺われ、右の事情と先に認定した本件事故の態様その他諸般の事情を綜合すれば、被告のなした取消処分は相当であると認められ、反対に被告の処分が過重であるという原告の主張を認めるに足る証拠は何もない。従つて被告の処分を違法であるとする原告の本訴請求は理由がない。

よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 村上博巳 片岡正彦)

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